東京高等裁判所 昭和52年(ネ)3194号 判決 1979年7月27日
控訴人
長島松之助
右訴訟代理人弁護士
守川幸男
被控訴人
日本オーチス・エレベータ株式会社
右代表者代表取締役
阪部俊作
右訴訟代理人弁護士
福井富男
田中隆
右復代理人弁護士
佐藤雅巳
右当事者間の頭書事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一五一〇、三二〇円及びこれに対する昭和五二年九月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決及び仮執行宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次に付加訂正するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴代理人は、
一 控訴人は昭和三一年四月一六日形式的には臨時従業員としてではあるが、実質的には正社員として被控訴会社に入社したものである。その根拠は、(1)被控訴会社に採用される時に臨時従業員として契約したものではない。(2)仕事の内容、労働条件とも、臨時工、本雇の期間を通じて全く変化がなかった。(3)一年毎に合計四回臨時従業員として契約を自動的に更新した。(4)臨時従業員としての雇傭期間が長くなったので、当然本雇になった。以上のようなことから考えて、控訴人は昭和三一年四月一六日正社員として被控訴会社に入社したものというべきである。
二 控訴人の退職時の基本給は一〇三、五〇〇円であり、昭和三一年四月一六日控訴人が正社員として入社したものとすれば、勤続年数は二一年三カ月であるから、被控訴会社と労働組合との間で締結された退職年金規程(書証略)によれば、控訴人の退職金額は四、五一五、〇三七円である。
と主張し、
被控訴代理人は、
控訴代理人主張の一の事実は否認する。控訴人が応募したときの募集広告には臨時従業員の募集であることが明記されていたし、採用時には給料通知書(これが辞令にあたる)を控訴人に交付したが、同書面には臨時雇であることが明らかにされている。控訴人は臨時工の当時にはエレベータ取付工事の補助的仕事、正社員になった後は右取付工事の責任ある仕事を与えられた。臨時工のときと正社員になった後とでは、賃金の支払形態、額が違い、物価手当、家族手当、年次有給休暇、賞与も違っていた。臨時工としての雇傭は二カ月毎に繰り返されていた。控訴人の四年余の臨時工としての成果、エレベータ取付需要の増大によって取付工を確保しておく必要性が生じたこと等を勘案して、控訴人を昭和三六年二月一日正社員に採用したものである。同二の事実については、控訴人が昭和五二年八月一八日定年退職した時の基本給が一〇三、五〇〇円であることは認めるが、その退職金額の計算の基礎となる勤続年数の計算にあたり、昭和三一年四月一六日を起算点とすべきであることは否認する。その起算点は本雇となった昭和三六年二月一日である。被控訴会社と労働組合との間に退職年金規程(書証略)が締結されていることは認めるが、これによる勤続年数には臨時工の勤務期間は入らず、正社員(本雇)として入社した日を右勤続年数の起算点とすべきことが明示されている。右規程は昭和五二年七月一日実施されたが、その定めがそのまま控訴人と被控訴会社間の労働契約の内容となったものである。右規程は臨時工については適用されないのである。
原判決一枚目裏末行目から同二枚目表一行目にかけての「退職金二九〇万四二〇〇円を支給されたが」とあるを「退職金二、九〇三、二一〇円を支給すべく提示されたが、まだ受け取っておらず、」と改め、同七ないし八行目の「四四一万四五二〇円」とあるを「四、五一五、〇三七円」と改め、同三枚目表五行目の「原告の受領した退職金は二九〇万四二一〇円である」とあるを「原告の受領すべき退職金は二、九〇四、二一〇円である。控訴人はその受領の手続をしていないため、いまだ控訴人に交付されていない」と改める。
当審における新たな証拠として、控訴代理人は当審の控訴本人尋問の結果を援用し、(書証略)の成立は不知、その余の(書証略)の成立は認める、と述べ、被控訴代理人は、(書証略)を提出した。
理由
一 控訴人が昭和五二年八月一八日被控訴会社を定年退職したことは当事者間に争いない。
成立に争いない(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴会社とその労働組合との間には退職手当給与及び退職年金の支払について昭和五二年三月一七日成立した協定書(その内容は退職手当給与規程及び退職年金規程)が存在し、この二つの規程は昭和五二年七月一日より実施されていること、退職年金規程は退職手当給与規程に先きだって適用されることとなっており、右規程による退職手当は臨時従業員には支給されないこととなっていることが認められる(なお、成立に争いない(書証略)によれば、臨時従業員については臨時従業員の被控訴会社に対する権利義務につき昭和二八年八月一日から適用されている(それが昭和五一年一月一日から改正されて適用されている)臨時従業員就業規則があるが、同規則には臨時従業員の退職について退職金を支給する規定はないことが認められる)。
ところで、控訴人は昭和三一年四月一六日実質的には正社員として被控訴会社に入社したものであると主張し、それを前提にすれば、前記退職年金規程の規定上控訴人の退職金額は四、五一五、〇三七円であると主張するのに対し、被控訴人は控訴人は昭和三六年二月一日正社員に採用された(昭和三一年四月一六日から同三六年一月三一日までは臨時工であった)ものであると主張するので、この点について判断する。
成立に争いない(書証略)及び当審の控訴本人尋問の結果、前記認定事実を総合すれば、被控訴会社の従業員にはいわゆる正社員のほかに臨時工等臨時に期間を定めて雇い入れられる者その他があり、臨時工については退職金支払の制度はなく、臨時工から正社員に採用された場合には、臨時工であった年数は退職金額の計算の基礎年数に算入されないものであること、控訴人は昭和三一年四月一六日被控訴会社の臨時工に採用され、その後臨時工としての雇傭契約が更新されたが、同三六年二月一日被控訴会社の正社員に採用されたものであること、控訴人と被控訴会社との間の身分関係が以上のような状態であることを控訴人はもちろん承知していたものであることを認めることができ、以上の認定に反する証拠はない。右控訴本人尋問の結果中には、控訴人が臨時工として働いていた当時と正社員となった後とで仕事の内容は全く同じであったとの部分があるが、仮に仕事の内容に大差がなかったとしても、そのことをもって、直ちに臨時工当時の身分を正社員とみるべきであるということにはならない。控訴人は臨時工、正社員の期間を通じて労働条件について全く変化がなかったと主張するが、(書証略)によれば、その受領した給与の計算方法、内容において全く相違していることは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は理由がない。その他控訴人が昭和三一年四月一六日実質的には正社員として被控訴会社に採用されたものであるとの主張については、これを認めるに足りる証拠はない。従って、控訴人は昭和三一年四月一六日被控訴会社の正社員に採用されたものであるということができない。
控訴代理人の本判決事実欄一に記載した主張は、控訴人が昭和三一年四月一六日臨時工として採用されたものであるとしても、労働契約の反覆更新、仕事の内容の同一性、正社員への登用の方法等からみて、期間の定めのある臨時工としての雇傭契約は期間の定めのない正社員としての労働契約に変化し、その正社員としての労働契約は昭和三一年四月一六日に遡って効力を生じたものと主張するものとも考えられるが、適法な期間の定めある臨時工としての労働契約が特段の法的根拠なしに期間の定めない正社員としての労働契約に変化するものとはいえないところ、右特段の法的根拠とする右控訴代理人の主張及びこれに対する立証によっては、いまだ右契約の変化を認めることができない。また、控訴人が原審で主張した最高裁判所昭和四九年七月二二日第一小法廷判決・民集二八巻五号九二七頁の趣旨をもってしても(従来繰返し継続雇傭されてきた臨時工に対する傭止めについては解雇に関する法理を類推すべきものとしても)、その臨時工の退職金につき正社員と同視すべきものとはいえないから、右主張も理由がない。
前記認定事実から明らかなように、控訴人は昭和三六年二月一日被控訴会社の正社員に採用されたもので、その退職金の計算の基礎となる在職年数は同日から同五二年八月一八日までとすべきである。そして、これが在職年数を基準にした場合の控訴人の退職金額が二、九〇四、二一〇円であることは控訴人の明らかに争わないところである。
そうすれば、控訴人主張の在職年数を前提にしてその退職金額を四、五一五、〇三七円とし、これから右二、九〇四、二一〇円を差し引いた残額の内金一、五一〇、三二〇円及びこれに対する昭和五二年九月七日以降完済に至るまで年五分の割合の金員の支払を求める本訴請求は、理由がないものといわなければならない。控訴人の右請求を棄却した原判決は相当で、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。よって、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官 糟谷忠男 裁判官 相良朋紀)